Tuesday, March 30, 2010


私が山陰地方のど田舎の小学校の低学年のころ、小学校の校舎は木造でございました。木造といえ、基礎はコンクリでした。コンクリの基礎の上に木造の教室が固定されているのでございます。基礎の側面数箇所に空気穴ともうしますのでしょうか、長方形の穴があいておりました。大人なら無理ですが、子供なら通り抜けることができました。放課後、私は友達の中村くんといっしょに床下にもぐりこむことにしたのです。最初はちょっと入って、すぐにでましたが、そのうちに大胆になり、自分の教室までいってみることにしました。夏の暑さはなく、砂地はひんやりとしていました。木の床には穴があり、そこから教室の光がもれてきます。ですから、床下は目が慣れれば、なんとか見えます。ただ、気をつかないと、床を支える柱に頭をぶつけそうになることもありました。二人で休み時間に廊下を歩き、“上と下”の距離感を掴もうとしました。この遊びはだれにも言いませんでした。二人の秘密の遊びでした。秋もそろそろ終わりかけようとしたころでした。このころはもう床下の隅々までわかっている気分でした。放課後の校庭から生徒たちの声が聞こえなくなるころ、また中村君といっしょに穴に入っていったのでございます。私が頭を低くして入ったために、半ズボンのポケットから大事なお小遣いが落ちました。うしろから入ってきた中村君は、これが落ちたよと私の手に渡してくれました。そろそろ山向こうに日もくれるころで、床下には教室からの光も十分ではなくなってきました。手渡す中村君の手の暖かさがしっかりと伝わってきました。この日は今までになく、どんどんと校舎の向こうに這っていきました。さて、床の下の校舎の形が頭の中のものと一致しなくなったころでした。不安に感じた私は引き返す時間だと思い、止まりました。這ったままの方向転換を中村君に提案するつもりでした。私が止まって自分の音だけを察したのでしょう、先を行っていた彼も止まりました。そろそろ帰ろう、、と言うところにこもった声が聞こえたのです。上の教室からの声であろうと思ったのですが、どうもそうではありませんでした。さらに向こうに敵意を持ったなにかの気配を感じたのです。にげよう、中村君に叫びました。二人で必死で這いました。自分の呼吸と音と砂地を這う自分の音が耳に入ってきました。光が入る穴が遠くに見えてきました。それに向かって、一生懸命這いました。中村君は私のうしろにいます。私と中村君が使っていた穴は同じ基礎の面に二箇所ございました。私はひとつの穴に向かい、中村君はもうひとつとなりの穴に向かったと思いましたが、私のうしろに中村君はついてきていたようです。やっと穴に体を入れて半分も体を穴から出たところでございました。私の右足をしっかりと掴む感触がございました。その手は冷たく、凍りつくようでございました。私は体が穴の中に引きずり込まれていくようでした。体が半分外、もう半分が中ででした。。となりの穴を見ましたが中村君の気配はございません。無言の冷たい手は離れません。私は必死で、“南無妙法蓮華経”を繰り返しました。そうこうしているうちに、ほんのすこし手が弱くなりました。私は渾身の力を絞り、穴から飛び出ました。振り返り、穴の中を見ると、なにか黒いものがうごめいているように見えました。そして、私の頭の中に、“このことは誰にもいうな”という声を聞こえました。あたりにはもうだれもいません。太陽は山並みを少し明るくしているだけです。薄明かりの中、中村君を探しましたが、どこにもいません。私は水場に行き、顔を洗いました。その時、うしろから人の気配がしました。あっ、よかった中村君だと思って振り返ろうとしましたが、身体がいうことをききません。さきほどと同じ声が、“今日のことはだれにも言うな、いいな”と頭に乱暴に入ってきました。すっと人の気配がきえたのでございます。振り返りましたが、誰もいませんでした。私は夕闇の山道を歩いて帰りました。翌日知ったのですが、帰ってこない中村君の両親が心配して探しているうちに小学校の校庭に倒れている彼を見つけました。左足に犬に噛まれたようなあとがあったそうでございます。そして、頭にはなにかにぶつけたようなあとが。数日ほど入院して、学校に戻ってきた彼はなにかほうけたようになっていました。今までの元気がないのです。なにを聞いても、まともに応えることができません。彼はその後特別クラスに編入したのでございます。そして、あの穴には鉄の格子が入れられました。私はあの日のことはだれにも言わずにいます。その後木造の校舎はなくなりましたが、こころの中で私の床下の遊びは消えてくれません。あの足に伝う冷たい感触がことあるごとに蘇ってくるのでございます。中村君は実家のある村の元国立病院で雑用をしております。村の道から病院の塀の向こう、掃除をしているのを見かけることがあります

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