
サンタモニカへはハイウエイ10を使って西に向かうと、カモメなどが青い空に増えてきて、しだいに海に近寄ってきているのだなとわくわくしてきます。私は海につきささっていくピアに行くよりも、その喧騒から離れて海岸沿いに北に車でいくのが好きです。できれば夜の明けるずっとまえに出てくると、海の藍と空のそれが一つになっている幽界とも顕界ともうまく区別のできないほんの短い時間を楽しむことができます。その時間帯は15分くらいです。昔話, こぶとりじいさんのおにたちがあわてて帰って行く時間なのでしょう。ロスをでて数時間は大きな期待はありますが、遠い山までずっと続く畑がありますし街もあります。ちょっと違うなと思うかもしれません。疲れたら海岸の公園で休むのがいいです。とても背の高いソテツの樹が青い空と透き通った海によくあっています。風に揺れるハイビスカスの花もすてきです。ピクニックテーブルで休んでいると、小鳥がやってきます。大事な食べ物をあげるものかと思いますが、すぐ近くでこちらを見て小首をかしげたりします。こうなるともう当初の強い決意もこなごなです。食べ物がなくなってしまうといなくなってしまいます。そのころやっと小賢しい罠にかかった自分に気づくわけです。まあそうなっても小鳥相手に怒ったりの大人げないことはやめましょう。十分休んだら出ましょう。そうこうしているうちに午後になり、波打ち際には大きさをうまく掴めない生き物の感触を持つ“物体”が見えてきます。ここでまだあわてず、必ず次のヴューポイントまで行ってください。着くまでに最後に見た宿の場所をよく覚えておきましょう。ポイントに車を止め、海に向かって歩きます。きっとびっくりします。今まで経験したことはないのにずっと深いところに持っていた原初の記憶のような景色なのです。そこでこちらの感動も関せず惰眠を貪っているのは巨大なゾウアザラシ達なのです。自分のすぐ足元から海岸の終わりまで何百頭もいます。当初の困惑や感動から何とか自分を取り戻し、冷静に観察してください。まるで人間社会のようです。また動作や表情にだれかを思い出して思わずひとり笑いをしてしまいますが、まわりの人に気づかれたかなというような心配はいりません。みんな同じようなことしているはずです。右の方に灯台が見えるここで重要な決定をしなければいけません。このまま、アザラシの向こうに沈んでいく夕陽を見るかどうかです。あっちこっちでなにが癪にさわるのか時折怒鳴りちらしているアザラシにせっかくのムードを壊されるのもどうでしょうか。それならと車を走らせてしまいます。このまま行くと、道はがけのぎりぎりのところを高い位置にどんどんつれていってくれます。そうなったら、次のポイントでゆっくりしましょう。太陽に続く黄金色の道にすい込まれてしまいます。でもそれでいいのです。ここで目の前の海と大地ができてからとても長い時間毎日繰り返されてきた現象と心のなかの衝動を素直にいっしょにしてしまえばよいのです。太陽のほうも心得たもので、このままずっと続いて欲しいと思うころであっさり沈んでしまいますが、その後は空がさまざまな色合いを見せての一人舞台です。太陽は私のおかげよと言いたいでしょうね。それとも海の陰ですべてを操ることに満足しているのでしょうか。そうして、空と海の境界のオレンジ色の帯もゆっくり細くなってきます。そうなると、 暗くなるのはすぐです。がけの下には少し前まで見えていた白い波涛も見えなくなり、山も空もわからなくなってきます。ただ、月のない夜ならもうすこしそこから空を観てみましょう。人工の光のまったく届かない空です。沢山の星が見られます。ものすごい数の星です。それらの瞬きと視界のどこかで時折長い尾を残して流れていく星たち。あと何百年したらこの岩を砕くことができるのか悩んでいる波たちの声も遠くなってそのうち聞こえなくなります。そうすると空を下にして飛んでいるのに気づくはずです。これは幻覚なんだと思うと、バランスをくずして墜落してしまいそうになります。ですから、わたしは飛べたかしらなどと思わないで、しっかり楽しんでください。疲れたら残念ですが、飛行時間はおわりです。そのままそうしていたいところですが、乾燥した空気の夜気は痛みを持っています。また、鬼たちが夜を占領するころでもあります。そこらの岩陰や大きな樹の陰から今夜の宴会の算段をしながら、人間がいなくなるのを待っているはずです。ですから、帰りましょう。でも、鬼たちはどこから来るのでしょうね。そして明け方のあの不可思議な時間帯にどこにもどっていくのでしょう。ブルーモーメントと呼ばれる短い時間に幽界と顕界が繋がるトンネルでもできるのでしょうか。このままもっと怪しい闇の中に自分をおいてみたい自虐的な気分になるかもしれませんが、そこから北にむかってはいけません。どんなに速く走ってもつぎの街まで2時間ですから。感動を心からこぼさないようにゆっくり来た道をもどります。宿はゾウアザラシを見る前に、覚えてますよね。途中乱暴な運転手に腹を立てたりすると永遠であるはずの今日の思い出は消えてしまいますから、気をつけてください。その運転手をよく見てください。ヘッドライトに一瞬浮かび上がるのは、きっと宴会に遅れた鬼です。その日の夜は、きっと幸せな気分で眠れるはずです。カーメルまでの話はまたの機会に。
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